「……これで終わり、だな」
そう言って、オパールは仕上げに、包帯をきつく結んだ。
「これで取れないから、安心していい」
「あぁ、悪いな。いきなり来てこんな頼み事してよ」
「気にしなくていい。これぐらい、苦とは思わない」
そう告げるオパールの顔には、確かに疲れは見えない。平然と、と言うのか何事もなかったかのような顔をしている。
「上手いもんだろ? オパールはこれでも医者なんだからな」
「メビウス、これでもが余計だ」
椅子に座って成り行きを見守っていた青年に厳しい言葉が投げかけられる。
わざとらしく震え上がって見せてから、メビウスはオパールの手当て(?)を受けていた人物に声をかける。
「で、いきなり来て『悪いけど包帯巻いてい貰えないか?』と説明もなしに用件だけ言いやがった奴。
 そっちの頼み事は聞いたんだから、ちゃんと説明はして帰るんだろうな? オウ」
剣呑、とまではいかないがそれなりの目でメビウスに見られている灰色髪の男――とは言ってもメビウスよりは年下だが――オウは、小さく苦笑いを浮かべた。
「いや、別に。大層な理由はないんだ。ただ、森でいきなり包帯が外れかけて、ここを思い出したからちょっと頼もうかと思ってさ」
家路まで包帯垂れ下げていくのも、変だろ? とそう言ったオウはオパールの手によって綺麗に包帯の巻かれた左腕を上げる。
そこには、手というものが存在しない。いや、肘から先がそもそもない。
一年ほど前まで確かにあったものは、辻斬りの手によって切り落とされたのだということを、メビウスは知っていた。
「外れかけるほど、緩く巻いていたのか?」
「あ、いや、此処何日か巻きなおす余裕が無くってさ……。いつもはきちんと巻いてんだけど」
「と、いう事は包帯も変えていなかった、と?」
不衛生だな、というエルフの医者の言葉に、オウは思わずすいません、と謝っていた。
「私に謝っても仕方ないだろう? 自分の体の事だ、自分で管理しなくてどうする?」
「耳痛い話で……」
オパールの言葉に困りながら、オウは助けを求めるようにメビウスを見た。
彼はその様子を見ていただけだが、その目は雄弁に「諦めろ」と語っていた。つい「薄情者め」と呟くオウだったが、オパールの説教(?)からは逃れられない。


「……まぁ、とにかく自分の体は大事にしろ、という事だな」
そう結論づくまで、早小一時間。その間、オウは正座して話を清聴するしかなかった。
ここは遺跡でも森でもない(いや、家の場所は森なのだが)。隠れるという隠密行動や、撤退とかいう逃げる行動が出来るはずもない。
何時の間にかメビウスは居なくなっている。
気が付いていたが、メビウスが何かした訳ではないので、引き止めることもその事を言う事もオウには出来なかった。
「しかし……見事に切られているものだな」
オパールが、ヒョイ、とオウの左腕を手に取る。見る、というより観察に近い雰囲気だ。
「思ったよりも綺麗な切り口だったんだが……人間の医師の中にも腕のいいのはいるだろうに、何故だ?」
近くで覗き込んでくる目は、思ったよりも冷たさを感じさせない桃色。白めの髪が、よりその色を際立たせている。
「何故って…あぁ、なんでくっつかなかったかって事か」
オパールの少ない言葉の本意を、オウは口に出して確認し、それから苦笑する。
「いやさ、切り落とされた時に、落とされた腕を水につけてた奴が居てさ。
あ、それ自体は好意なんだぜ? そいつはそうした方が良いって聞いてたらしくってさ。
 でも、それで細胞が死んだとかなんとかでさ、くっつく見込みは薄いって言われたからそのまんまにしたんだ。
あぁ、長時間水につけてたのも原因だっけ? もうちょっと早く行けば見込みはあったかもしんねーけど」
軽く、話す。笑い事の様に。
自分の腕の事なのに。
オパールは、その細い手をオウの目前にまで持ってきた。彼の目を、隠すように。視界を、覆うように。
「お、おい、ちょ――」
「そんな目で語るな」
言えば、息を呑む音。小さく、ヒュッとだけした。
「苦しい事を、語る必要は無い。体の傷は癒えても、心の傷まではそう簡単には癒えん……。
 言って楽になるならば幾らでも聞いてやるが……今にも泣きそうな目で語るものは、勧めんよ。
 お前にとってそれはまだ、言うには苦しい傷なのではないか?」
静かに、諭す声。淡々と事実だけを告げ、現状を伝える。
「……無理はするな。傷が余計に広がるだけだ。今はまだ、静かに癒せ……」
オウの目の前に持ってきていた手を、オパールは静かに下へずらした。
まるで、オウの瞼も共に下ろすかのように。
そして、それは成功する。
オパールの手が降りきった瞬間、オウの体はグラリと揺れた。
前に倒れ掛かり、オパールの体にぶつかるその寸前。
横から伸びた手が、それを阻止した。
ここで出てくる手は恐らく一人しか居ない。それを分かっていながら、オパールはその手の人物に視線を移した。
「メビウス」
「いきなり襲い掛かるのは、スマートじゃねぇな……って訳でもないか」
「襲われては無い。いきなり倒れられた…って、大丈夫なのか? こっちは」
きちんと状況だけは説明してから、オパールはメビウスに支えられたオウを見る。
「ん? 平気平気。なんか、寝てるだけだぜ?」
前のめりに倒れかけたオウを、メビウスは両腕で抱え上げる。そこからは、スー……ッという、規則正しい寝息が聞こえてきた。
「なんだ、心配させて……」
「まぁ、こいつも疲れてるってことだろ?」
軽く笑いながら、そうメビウスは言って、それから気が付いたように付け加える。
「にしても、オパール。こいつに何か言ったのか? いきなり寝るのもなんか奇妙なんだが」
不思議そうな目を向けられ、オパールは少し考えた後で口を開く。
「……少しばかり、助言をしただけだ。それでどうなったかは、本人次第といったところだ……」
「なるほどね」
納得したようにメビウスは頷いて、向こうに転がしてくる、と言ってオウを抱えて部屋を出て行こうとした、その矢先。
「一つ、聞きたい」
「ん?」
「……随分とタイミングが良かったようだが?」
それが何を意味するのか、分からない筈がなかった。
「趣味が悪いぞ」
「たまたまだよ」
ははっ、と笑ってそのまま出て行く者を見送ってから、オパールは小さくため息をついた。
ただし、その顔は嫌そうなものではなく、「仕方ないな」とでも言うように、僅かに微笑んでいた。


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あとがき

『In The Forest』で逆キリ(しかも自ら)取ったので書いた作品。
えぇっと……何が書きたかったのは、小一時間ほど自分に問い詰めております(爆)
というかね、オパールさんの口調が全く分からなかった!!
ログは参考にさせてもらったけど、時期によって口調が違う!!
どないしよぉぉぉっ! と悩んだ結果。
一番最新のログを参考にさせていただきました。
こんな口調であってるのか、ビクビクしながらー……。

とりあえず、格好良いオパールさんとメビウスさん書けたから、満足で。
自分の中のお二人のイメージは、こんな感じで。

では、お目汚し、失礼を。
拙作ではありますが、これを逆キリとして捧げます。
返品可です。
寧ろ返品の方向で。